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バーテンダーやバー開業を目指す前に、失敗する「2つの原因」を知っていますか?

バーテンダーやバー開業に必要なのは見習などの現場経験で、体系的に学ぶ必要はないと思っている方、間違いです。

バーテンダースクールに通うより、老舗バー教材が選ばれる「5つのメリット」とは?

普通のバーテンダースクールへ通うよりも、メリットが大きいからこそ、46県に普及し、多くの経営者も活用中なのです。

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「バーテンダースクールFIZZ」代表プロフィール

「バーテンダースクールFIZZ」代表は、どんな人?

自社ビルを建て、58年以上続く、老舗バーのオーナーでもあります。

「バーテンダースクールFIZZ」代表プロフィール

バーテンダースクールFIZZの運営者

プロフィール・概略

  • 山口県生まれの、広島県広島市育ち。
  • 関西大学・経済学部卒。
  • 某メーカー勤務後、会員制バーを継承し、数十年。
  • 中・四国一の歓楽街に自社ビルを建てたバーは、創業59年目。
  • カクテル講座、ネット配信の動画講座、プロへの指導など、さまざまな活動。
  • NHK放映、雑誌連載、全国紙からの取材など、各種マスコミ媒体で紹介。
  • 2007年、プロ用DVD教材「バー開業バイブル」を制作販売開始。
  • 2008年、趣味用DVD教材「老舗のカクテル講座」を制作販売開始。
  • 2009年、「バー経営バイブル・接客会話編」を制作販売開始。
  • 2010~2016年、「バー経営バイブル」の続編教材を制作。

はじめまして。バーテンダースクールFIZZへ、ようこそ!

私は、自社ビルを建て、58年以上続く、老舗バーのオーナーでもあります。バーテンダーとしてだけでなく、経営者としても、数十年の経験を積み、さらに、一流ホテルのバースタッフやバー開業者など、プロへの指導もしてきました。

ここ数年は、ネット配信の動画講座、バーテンダー&バー開業のDVD教材、接客会話や開業直前の注意点などのCD教材制作などで、そのノウハウを、全国に広めることに力を注いでいます。

こうした活動は、NHKでのテレビ放映、リクルート全国紙や、日経ネットナビ、ヤフー・インターネット・ガイドを始め、さまざまな媒体で紹介されました。

この「バーテンダースクールFIZZ」は、さらに、全国へ、バーテンダー&バー開業のノウハウであるDVD教材、CD教材を普及するために開設したネット専門の学習教材の通信販売サイトです。

「バーテンダースクールFIZZ」代表の詳細

「バーテンダースクールFIZZ」代表の事を、もっと知りたい方は?

興味のある方だけ、下記記事をご覧下さい。

ちなみに、長すぎて、最後まで読むのを、挫折されるかも(苦笑)

この世に生を受けて以来、さまざまな試練を与えられ・・・
いかに社会に役立つようになるか!たぐい稀な人生に挑戦中!
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ここより先は、これまで、あまり話した事のない、私のダークサイドとも言うべき部分や、手前味噌な話も含め、幼少からの生い立ちを中心に書き綴ってみました。私が、どういう人間か?を、ご理解頂くのに、少しでも参考になればと思っています。

苦難の生い立ち

わずか数行で書いてしまえば、実に平凡なプロフィールに見えるかもしれませんが、本当は不遇な生い立ち(実の両親と暮らした記憶はない)や、特殊な生活環境(中・四国最大の繁華街で平凡とは程遠い世界)もあって、いろいろ波乱万丈の人生なんです。

さまざまな事情で、まだ幼稚園にもいかない年頃に、私は、あちこちに預けられ、それこそ「家なき子」状態だった時があります。今でも、断片的に、いろいろ印象深いエピソードを覚えています。

例えば、ある田舎町で預けられた時、そこは小さなお好み焼き屋さんだったんですが、与えられる食事は、一日一回、直径5センチほど(当時の私の手のひらより小さかったので・・)の小さな皿に、「ご飯としょう油」で、いつも座敷(部屋)にはあがらしてもらえず、必ず土間のようなところで、与えられていました。

プラス、一度だけ、お小遣いをもらった事があり、嬉しくて近くの駄菓子屋のようなところに生まれて初めて足を踏み入れたのですが、そこで最も安いものを買う事もできない金額-5円?しか私は持っておらず、今にして思えば、からかわれていたのでしょう。そのまま、もらったお小遣いを返しに戻った記憶があります。

こういう生活が3~4ヶ月(時間感覚が明確ではないですが・・・)続いたり、他にも、話せばキリがないほどの辛酸をなめて、現在の私を育てて下さった方・・・・・・現在経営しているバーの先代のところにやってきました。(後にこの先代は、養子縁組をして下さいました。)


日本最年少で?、カクテル作り習得!

小学生の頃には、家の1階のBARが私の遊び場所でした。当時、偶然顔を合わせたお客様で、現在も通って下さる方もあります。このバーの先代のところで養育されるようになったのが、小学校にあがる直前で、そのころから(大阪で一人暮らしをしていた苦学生?の4年間以外)ずっとこの業界の中で育ったわけで、10年、店を維持しているところが少ないこの業界で、私は貴重な存在でしょう。

初めて覚えたカクテルはジン・FIZZで、当時小学生の私は、もちろん飲めないので味はわかりませんが、チーフバーテンダーの人が作るのを、じっとよく見ていたものです。意外かもしれませんが、厳格な家庭で、20歳になるまで酒は飲ましてもらえませんでした。

さらに余談ですが、このころのチーフバーテンダーのS氏は、某国立大で首席だったこともあり、非常に優秀で、人格的にも魅力のある方でした。小学生時代の私の家庭教師だったと言えるかもしれません。

バーテンダーを雇う時など、横から面接を見ていて「あっ、この人ヘタ!」とか「けっこう、やるじゃん!」なんて自分なりに判断し、生意気なことを言って、「意外に見る目あるね、この子!」なんて、よく笑われていました。本人は、結構マジだったんですが・・・


高校時代の不遜な目標・・・ガリ勉の時代

中学卒業の頃には、引越しをして、自宅と店が若干離れたこともあり、私の興味プラス将来の目標は、別の方向に向かい始めていました。特に、ロジック的な議論をするのが好きで、将来は弁護士を目指そうか?などと思ったりもしていました。ただ、まだまだ将来の方向性は明確には決まっておらず、当面の目標を日々探すことにとどまっていました。

そして、高校入学の半年後、私が掲げた目標は、高校時代に学力で日本でベスト10に入ること!でした。何とも大それた目標ですが、当時の恐れを知らぬ私は、大真面目に、できる!と確信していました。

ちょうど当時、中国・四国地方の大半の高校が参加し行われていた俗に「中ブロ」という実力試験が、私の通う公立高校でもあることを知り、「この実力試験でトップをとる」というのが、目標になりました。通常、学校で行われる中間試験や期末試験でも、常にクラス上位の成績をとっていましたが、これは暗記が勝負のようなところがあって、実力ではないと判断していたからです。

もうひとつ、この「中ブロ」が唯一の自分の実力を知るチャンスと思わざるを得なかったのは、私は、できるだけ育ててくれている先代に迷惑をかけないため、塾には行かないと決めていたことと、実力試験であるにも関わらず、その傾向と対策を教えるという塾に反発を覚えたこともあり、塾には一度も行かずに挑戦する事に意義を感じていたからです。今にして思えば、単なる分からず屋の世間知らずで、もし塾に通っていれば、さらに上を目指せたのだと思います。

結局、学校の授業だけで勉強していた私が取った最高の順位は、高校三年の夏に、中国・四国地方で「第7位」という不本意な成績でした。当時、かなり悔しかった記憶があります。ただ、日本で最難関の大学を希望校にして書いても、合格率90%以上と書かれていて、若干満足もしていましたが・・・

このこともあり、志望校は、結局のところ、国立大・・まあK大ぐらいでいいか!などと傲慢なことを言っていましたので、私立大学は、他府県にまで受験にいくのは時間の無駄!と思い、広島で受験できるところ-地方試験のあるところを10校ぐらい受験し、全て合格しました。

ところが、本命の受験前に、高熱や下痢に苦しむはめになり、結局、受験することすらできず、私の受験戦争は、あっけなく終わってしまいました。体調管理も含め、受験ということを考えるべきで、完全な敗北です!


大学に入学・・・挫折から次の目標、そして堕落?

当時、とにかく早く社会人になって、先代に恩返しを!と、育ての親である先代に、これ以上迷惑をかけたくない!と、常に、考えていたので浪人は無理と判断した事と、自分の敗北感から逃げ出す事もあって、俗に「関々同立」という関西圏の有名大のひとつ「関西大学」に入学するわけですが、語弊を恐れずに言うならば、かなり落ち込んでいました。

その後、さらに私を落ち込ませる事になったのが、当時、私は、大学では、高校の頃と違い、もっと実生活に役立つ実務レベルの勉強ができると思っていたのが、相変わらず理論のようなものばかりで、あれだけ一生懸命何のために勉強したのか!と腹立たしさとイライラをつのらせていました。

そんな時、何かの本で読んだ「MBA」という資格が、実務レベルの知識を学べる唯一の手段である!という風に思えるようになり、アメリカへの留学!というのも、いい手段かも?と考えるようになっていました。ただ、余談ながら、最大の難関は、飛行機が苦手!という事で・・・今でも、飛行機は、苦手で、できれば一生乗りたくない!と思っている臆病者です。

そんな事を考えて、留学をどう説明しようか?と考え、広島に帰省し店を手伝っていた時、偶然、当時の当店の顧問弁護士的な存在の方と話しをする機会があり、それとなく相談をしてみると、「資格なんて、何の役にも立たないよ!弁護士業だって、大半は、ドブさらいのようなもんだ!!」と衝撃的な発言を賜ってしまったんです。この弁護士先生は、後に、国家の法律を作るレベルに到達し、さまざまな大手企業の経営コンサルティングをなさるところまで成功された方ですが・・・

一度は、ちょっぴり憧れたこともある弁護士の職業が、現実には、離婚調停や遺産相続といった人間のドロドロとした裏面を見る世俗にまみれたもので、正義感を身にまとった豪傑なイメージを持っていた私にとっては、本当にショックだったんです。MBAでさえ役に立たないと、当時、もっとも尊敬し、憧れていた優秀な弁護士の先生に、そんな事を言われ、いろいろ考えているうちに、自分に嫌気がさしながらも、結局、アルバイト(もちろん飲食業界中心・・)と、友人との飲み会中心に、生活の大半が費やされるという大半の普通の大学生と変わらない堕落の日々を過ごす事になったんです。

方向転換を余儀なくされ、向かうべき目標が定まらず、毎日を流されるように漂う日々で、それでも友人の多かった私は、いろいろ考えるヒマのないぐらいに、あちこちからの誘いに乗るまま、否、自分からも、誘いの手を多方面に伸ばし、毎日、時間に追われるぐらい、しっかり働き、しっかり遊んでしまいました。そして、あっというまに就職活動を始める時期になってしまったんです。 


復活と、またまた新たな目標!

就職を意識する3回生になって、ある時、大学の先輩と話をしていて、その先輩が語ってくれた「世の中の人に、自分を役立てるために何ができるか?」を考えればいいんだよ!という単純な一言に啓発され、そうだよ!シンプルに考えてみよう!と思いなおし、自分の能力で、自分が役立てそうな、そして楽しいと思えるものを!と、改めて探し始めることにしたのです。

そうこうしているうちに、少しずつ考えがまとまって、おぼろげながら考え始めていた事は、メーカー(扱う商品は何でもよいので・・・)の企画室に入り、自分で考え開発したものが世間の役に立ち、それが広まっていく喜び!を感じてみたいと思うようになっていました。

それを実現するには、やはり、大学での成績も優秀でないといけませんし、他人より抜きん出た人間的魅力も磨かないといけない。ただ、遊んでいる時に知り合った同じ大学の友人は、この人間的魅力を養うには、充分すぎるぐらい私を刺激し、成長させてくれていました。ガリ勉だけでは、到底得ることのできない人間の幅を養ってくれたようです。本当に、彼等と知り合う事ができて良かったと、今でも感謝していますから!遊んだり、バイトしたりと、それが肥やしになっていたとは、やはり過去に起こる出来事は、必然・必要・ベストなんでしょう。

ただ、目指すところが、またかなり高いところだっただけに、試験だけは、本気で勉強しないと無理だとはっきり分かっていたので、そのことは誰にも言わず、試験の時だけはどんな誘いも断って、真面目に部屋にこもって勉強してました。

あれだけ遊んで何で?と言われるほど、ほとんどが「優」という優秀な成績(成績は、優・良・可で判定されていた)をとれたのも、目標設定ができた後の集中力に、自分でも絶対の自信があるほど、高校時代に鍛えていたからですが・・・


就職の時の心の葛藤!・・・夢をあきらめて

こうして目標の成績も確保し、それなりに(当時の自分としては・・・)人間的魅力も鍛えたと自負し始め、希望のメーカーの先輩を訪ねたりと、着実に夢を実現するための道を歩み始めていました。唯一の心配を除いては・・・・・

何社か訪問し、十分な手ごたえを感じ、だんだんその会社に就職し働くことが明確になってくるようになって、大丈夫と思っていた事が、どうしても自分で自分を納得させられず、苦しむようになってきたんです。もともと大学入学の時からの悩みでしたが、ある葛藤が私の中で常にあり、どうするべきか?の結論が出せないまま、棚上げした状態で置いておいたわけで、それが日毎に強まり、動くに動けなくなってしまったんです。

それは、「私を育ててくれた先代への恩返し」という事です。おそらく、このまま就職すれば、間違いなく、広島に帰ることもなく、何の恩返しもできない。それは、自分の幸せだけを考えていることで、そんな自分が、「世の中の人に役立つこと」など、できるのだろうか?と。

たった一人で苦労して、私を育ててくれた先代、その人一人の役に立つこともなく、何が世のためだ!と自分で納得がいかなくなってしまったんです。もちろん、「自分の好きなように、好きな道を歩めばいい!」と言われてはいたのですが・・・

いつもそうなのですが、重要な案件であればあるほど、自分中心に考える事が最終的にできない性格のようで、結局、最終の内定をもらう直前に、某有名メーカーの就職をお断りし、広島に帰省して就職する事にし、自分の進みたいと思っていた道は、あきらめる事にしたのです。


老舗店に入店・・・衝撃と苦悩の日々の始まり!

もちろん、この時には、すでに老舗といわれ始めていたBARを手伝う覚悟を決めていたのですが、いきなり店に入るよりも、やはりどこかに就職して社会人として、もまれるべき!と判断し、普通に営業の職種につくのですが、景気が良かった事や、先輩諸氏に恵まれた事、さらに若干私自身も営業職に向いていたのでしょうか?就職2ヶ月目には、売上目標を達成し、何ら苦労をすることもなく、仕事というより遊んでいるような感覚の日々を過ごすことになるのです。

これでは、何のために働いているのか?世の中の人のために、否、まずは、育ててくれた先代への恩返しという崇高な意思で帰郷した想いが、ドンドン失われていくのを実感し、その頃、先代が、若干体調を崩したこともあり、何の躊躇もなく退社し、店を手伝うことにしたんです。

小さい頃からの経験で、そんなに難しい世界とは思っていなかったのが大きな間違いで、ここからは、衝撃と苦悩の日々の連続で、毎日がまさしく戦争ともいうべきものでした。

「人間には、解決できない問題は起こらない」と言いますが、つまりは、「その時の人間的レベルに応じた悩みや問題が起こる」という事で、学生時代に悩んでいた事など、全く悩みにもならないとすぐに思えるようになりました。・・・このころの「衝撃と苦悩」と表現したさまざまな悩みさえ、全く問題にならないレベルだと、現時点の私からすれば、はっきり断言できますし!


成功者からの洗礼・・・珍問・難問の日々

当時、当店は、広島でも有名な「高級クラブ」として名を馳せていました。・・・クラブというと、誤解される方もあるか?と思いますが、当店には、常に、独自のバーに対する考えがあり、バーの定義をひとつに決めたがる方達とは一線を画しています。時代背景を読みながら、経営を行っていくのは、当たり前のことでしょう。もちろん、会員制ですし、このころの当店は、おそらく、びっくりなさるぐらい厳格な品位を求めるお店でした。一例を挙げれば、お客様が、膝を組む事も、カウンターに肘をつくことも許さなかったのです。

当然、料金は、通常では考えられない高価格で、私自身も、これほど高くて良いのか?この高価格にもかかわらず、お客様がご来店頂けるのは何故か?不思議なことの連続でした。

さらに私を最も苦しめたのが、一部のお客様の手厳しい洗礼でした。価格に見合う顧客層だけに、大企業の社長は当たり前、資産数十億円の方も当たり前、一代で財を成された個性豊か?というべき方々など・・・本当に、よくこんな事を思いつくものだ!という珍問・難問をぶつけられ、そこをクリアしない限り永遠に続く難題の数々!!本当に鍛えられました。

今にして思えば、このころ苦手と思う方々から逃げずに、立ち向かっていったのが、私の「接客的会話術」や「一瞬で相手の心をつかむ顧客獲得術」といったコミュニケーション能力のアップにつながったんだと思います。もともと、会話力に自信をもっていた私でさえ、辟易するほどの毎日の連続でしたから・・・

「今の自分の能力で、さほど苦労せずにできる事では、 人間は成長しないからこそ、常に苦しいと思うことに挑戦し続ける事が必要!」という私の考え方の基礎が出来上がったころです。現在でも、まだ勤め始めて間もない当店スタッフからは、よくクレームを言われる事もありますが、そのスタッフの能力ではまだ無理な事を、私はよく要求し、させるようにしていますから!!


経営に関する学問的追求・・・乱読に近い日々

また、この頃から、私は、会話や接客に止まらず、経営に関連する事を極めるために、ありとあらゆる本を読み、またあらゆる方法を試してきました。マーケティングに関するもの、セールスに関するもの、さらには心理学まで勉強し、・・・小さい頃から、本を読むのは好きでしたが、さらにハイペースになったようで、このころの乱読の習慣で、今でも、私は、さまざまな本を読むのが当たり前となっています。

こうしてありとあらゆる方法を研究し、経営に必要な事を追求した結果、「人間学」とも言うべきものが最も必要であるという結論に落ち着いたのです。世間的に考えれば、たかが飲食店-それもBARに、そんなものが必要と思われるわけもなく、私のように学問的レベルで研究する事自体、ナンセンスと思われるのが当たり前でしょう。


座右の銘・・・「六然」!

こうして長年、さまざまな事を研究・実践してきた結果、昔、学生の頃に思い描いていた「社会への、より大きな貢献」を思い出し、人間を究極に癒してくれる「人間力によるバー」を増やしていきたい!・・・それも、基本的には、個人で開業し、その方の人間力によって経営が行われるカフェやバーを中心に!と考えるにいたり、特殊すぎて受け入れられるかどうか?も分かりませんが、バー開業に関するアドバイスのようなことはできないだろうか?と思うようになったのです。

「人間力とは何?」と思われる方も多いでしょうが、それを端的に言うなら、私の座右の銘である、崔銑(サイセン)の「六然」を人生の指針とするということでしょう。またまた、何のことやら?と思われるでしょうが、かの安岡正篤氏の座右の銘として、有名な言葉です。

「六然」とは、自処超然、処人藹然、有事斬然、無事澄然、得意澹然、失意泰然のことです。詳しく知りたい方は、本屋に直行して下さい!・・・参考までに、安岡正篤とは、日本の政財界に絶大な影響力を持っていた方で、志の高い方であれば、ご存知のはずなのですが、残念ながら、今の時代なら、安岡氏の最後の妻が細木数子氏だったという方が、知名度が高い人に思えるかもしれませんが・・・

他にも、現在に至るまでに、さまざまなエピソードがあります。例えば、どうやって先代から店を受け継ぎ、さらには顧客まで受け継いで、さらに店を時代に応じて発展・維持させているか?ビルはどうやって建てたのか?など、とてもこの場で語れる量ではなく、そこを一番知りたい方も多いのは分かりますが、それは、今現在の私の経営する店のお客様やスタッフに止まらず、私に関係する大勢の方にも関係する部分もあり、どなたの目に触れるか分からないネット上では、お話しすることはできません。

通常の会社経営上のことと違い、飲食店で、しかも人間関係を最も必要とする店の経営スタイルを貫いている当店だからこそ、お話できないのだ!とご理解下さい。いずれ時期がくれば、いつの日かお話できる時もくるかも??とも思いますが、まだまだ当分先の、かなり未来の話ですね。


完全会員制の人間力によるバー・・・未だ、発展途上中!

今現在、私の店は、自社ビルの中のほんの一角で営業しているわけで、一般の方お断りの完全会員制となっています。要するに、もともと当店にいらっしゃっていた方が同伴されているか、もしくは、そのご紹介の方以外、絶対に入店禁止なんです。これ以外にも、入店のための条件があり、私の独断で決定させて頂いています。

もちろん、そのために、入口にはカメラも付けていますし、オートロックですし、更にちょっと変わった高級なセキュリティ機能(日本初?)まで付けています。生意気な店というわけですね。もともと創業以来会員制だったのですが、ここ数年さらに明確かつ厳重なものにしたんです。なぜなら、もし当店が会員制でなかったら、カクテル教室を開いたり、バー開業のDVD販売などをすれば、おそらく、単なる興味本位だったり、好意的でないお客様が来られる可能性がでてくるわけで、それでは、今現在、当店を愛し、大事にして下さっているお客様に申し訳ないでしょう!

店には、その品格やコンセプトにふさわしい客層というものがあり、それを守っていく事が必要なのはわかってもらえると思います。・・・とは言っても、当店も創業半世紀近くともなれば、創業以来のスタッフもさすがに存在せず、近年、まだまだ若い20代~30代のスタッフばかりで、あまりに理解しがたい経営理念に、???と思っているスタッフも多い状況です。昔ほどの品格を店に求めるのも難しいか?と思うこの頃ですが・・・ただ、素質があると見込んだスタッフ以外は、必ず私のもとから離れていくように仕組みができているので、やはり、当店にとって優秀で最適なスタッフがそろっており、独特のスタイルの店には違いありません。


ちょっぴり、こだわりの教室のお話

いろいろこだわりがあるのは、当然カクテル教室にも言えることで、カクテル教室の生徒さんといえども、店の営業中は当バーには入店禁止としております。現時点では、皆さん、とても感じの良い方ばかりで、当店のコンセプトも理解して下さる素敵な方ばかりで、営業中の入店をお断りしているのが申し訳ないような状況なのですが、何十年も守り通してきた事ですし、教室と店とではコンセプトが違うわけですから、無理は禁物と判断しています。

さらに、店の顧客獲得のために開催していると思われるのも心外ということもありまして・・・実際、そういう教室もたくさんあるらしいので。もちろん、当バーの方のお客様も、教室入会禁止としています。教室の生徒さんに肩身の狭い思いをさせないためもありますが、かなり徹底してこだわってみたわけです。

ただ、悩みに悩んだ事ですが、今、教室の会員の方の一部は、ご来店頂いてもOKにしています。すでに、6年も教室に通って下さる方もあり、あまりに、申し訳ない気持ちで、いっぱいになってしまいまして・・


マイペースな頑固オヤジ?・・・やさしい紳士です!!

こんな頑固なオヤジで、誰の言うことも聞かないマイペース人間なので、傲慢で失礼な態度に、ご立腹の方もあるかもしれません。自分の店のお客様にさえ、気に入らないことは、はっきり言ってきたわけで、いまさら人生の生き方を変えるつもりはありませんので、どうぞご容赦下さい。

ただ、今後も、自分を生かす方法を試行錯誤し、さらに、世の中のためになる事を実行していこうという強い意志は、もっています。

ちなみに、2017年、すでに、新たなチャレンジを見つけ、社会に、もっと役立つ道を進みつつあります。老舗バーの運営は、優秀なスタッフに、99%、まかせっきりになる事でしょう。さて、私の新たな道、また、どこかで、お話しさせて頂きましょう。最後まで、読んで下さり、本当に、ありがとうございました。

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